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澁澤龍彦のイタリア紀行

澁澤龍彦/澁澤龍子

「ゲーテの『イタリア紀行』をバッグの底に忍ばせて…イタリア各地を旅行するのもいいだろう」(「イタリア酔夢行」)。コクトーやサドの文学を翻訳し、美術評論や奇想小説を綴った澁澤龍彦(1928-87)は、独自の美意識と大いなる好奇心の翼を広げながら、大好きなイタリアを旅した。理想の島イゾラ・ベッラから、フローラ咲き誇るシチリアまで、“眷恋”の怪物庭園、貴族のヴィッラ、不思議な城、幻想の美術館、そしてお気に入りの美味しいものを訪ねよう。本人の言葉と同行した妻、友人の証言で辿る、シブサワ的・刺激的・耽美的イタリア案内。

澁澤龍彦/澁澤龍子

澁澤 龍彥(しぶさわ たつひこ、本名、龍雄(たつお)、1928年(昭和3年)5月8日 - 1987年(昭和62年)8月5日)は、日本の小説家、フランス文学者、評論家。 別名のペンネームに澁川龍兒、蘭京太郎、Tasso S.などがある。晩年の号に呑珠庵、無聲道人がある。 == 経歴 == === 誕生 === 東京市芝区車町(現在の東京都港区高輪)に澁澤武・節子の子として生まれ、埼玉県川越市、東京市滝野川区中里(現在の東京都北区中里)に育つ。父の武(1895年 - 1954年)は銀行員。母の節子(1906年 - ?)は実業家で政治家の磯部保次長女。渋沢栄一やその孫の渋沢敬三と遠戚にあたるが、龍彥の家が澁澤家の本流(東の家)で、栄一や敬三の家は支流(中の家)である。
誕生澁澤 龍雄(しぶさわ たつお)1928年5月8日 日本 東京府東京市芝区
死没(1987-08-05) 1987年8月5日(59歳没) 日本 東京都港
墓地浄智寺(神奈川県鎌倉市)
職業小説家、フランス文学者、評論家
最終学歴東京大学文学部フランス文学科
活動期間1954年 - 1987年
ジャンル評論、随筆、翻訳、小説
配偶者矢川澄子(1959年 - 1968年)澁澤龍子(1969年 - )
子供なし
親族澁澤幸子(長妹)渋沢道子(次妹)矢野眞(義弟、道子の夫)坂斉万知子[2]