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沖縄の殿様

高橋義夫(小説家)

謙信の流れをくみ、鷹山を中興の祖と仰ぐ名門、米沢藩上杉家。最後の藩主・茂憲は明治十四年、琉球処分から日が浅い沖縄に県令として赴く。本島をくまなく巡り、宮古・石垣両島まで及んだ視察で目撃したのは、困窮にあえぐ庶民の姿であった。再三の改革意見は政府から黙殺され、志半ばで解任される茂憲。だが、情熱を傾けた人材育成は後年になって実を結ぶ。今日もなお沖縄で敬愛される上杉茂憲の二年にわたる奮闘の記録。

高橋義夫(小説家)

高橋 義夫(たかはし よしお、1945年10月26日 - )は、日本の小説家。 == 略歴 == 千葉県船橋市出身。山形市在住。市川高等学校、早稲田大学文学部仏文学科卒業。息子の高橋文樹も小説家。 月刊誌『BOX』の編集者、広告会社の共同経営を経て、1977年『幻の明治維新 やさしき志士の群』で小説家デビュー、その後、明治もの小説、田舎暮らしに関する著書などを上梓、1987年『闇の葬列』で直木賞候補、1989年『秘宝月山丸』で同候補、1990年『北緯50度に消ゆ』で三度候補、1991年『風吹峠』で四度候補。 1991年『狼奉行』で第106回(1991年下半期)直木三十五賞を受賞。1997年から山形市にて「小説家(ライター)になろう講座」(現:山形小説家・ライター講座)を開講。