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ナリン殿下への回想

橘外男

「人獣交合の描写のエロティシズムとグロテスクぶりにかけては、この橘外男の『陰獣トリステサ』以上のものは、まだ世界のどこの文学にも現われていないようだ」と澁澤龍彦が絶賛した隠れた名作も収録。 直木賞作家による摩訶不思議な世界。 「令嬢エミーラの日記」「怪人シプリアノ」「陰獣トリステサ」「マトモッソ渓谷」「女豹の博士」5編を収録。 ■令嬢エミーラの日記 アフリカのアンゴラ国境調査隊に加わったターナーは、ゴリラの生息地で白人女性の無残な死体を偶然発見する。その死体は若く美しく、しかも裸だった。 なぜこのような若い白人女性がアフリカ奥地に来たのか、なぜ殺されることになったか、なぜ裸だったのか。 日記によると、女性の父親は動物学者で、ゴリラと言語によるコミュケーションができると盲信し、研究に没頭していた。 そして、その研究の仕上げとして、娘にゴリラを誘惑させた。 アフリカの閉ざされた奥地で、次第におかしくなっていく人々は、そのときを境に崩壊に向かっていくのだった。―― ■陰獣トリステサ ハンディキャップを抱えるロドリゲスは、父の遺産を受継ぎ銀行頭取となってからも、幼少期に幼馴染から受けたトラウマを克服できずにいた。 金の力で、年の離れた若く絶世の美女と結婚するが、人間としての扱いを受けることができない。 そんな折、珍しく上機嫌の妻にねだられ、「犬」を買いにいくことになる。 「犬」くらいで関係が良くなればと喜んだロドリゲスであったが、怪しげな犬商人が売るその犬は恐ろしい性質を持った犬であった。 ■女豹のドクター 美貌と頭脳を兼ね備えたハーバード大学のDr.シゲノは、ある富豪の娘の脳腫瘍を取り除く手術を見事成功させた直後、なぜか関係ない部分を刳りだし患者を死なせてしまう。 マスコミはセンセーショナルにこの日本人の美人医師を叩いたが、次第に、このDr.シゲノの生い立ちや、医学的見地からの弁明、脳性麻痺に対する真摯な取り組みがわかるにつれ、世間は彼女の味方になっていく。 しかし、彼女は脳にとりつかれたようなもう一つの顔を持っていたことが判明していく… ■著者略歴 橘 外男(たちばな・そとお) 一八九四(明治二七)年石川県生まれ。生後まもなく軍人だった父の転任地・高崎に移る。軍人家庭の厳しい躾に反発、中学を退学処分となり、札幌の叔父のもとに預けられる。その後、貿易商館、医療機器店など職を転々とするが、一九三六(昭和一一)年『文藝春秋』の実話募集に『酒場ルーレット紛擾記』が入選、三八(昭和一三)年『ナリン殿下への回想』で第七回直木賞を受賞。戦時中は満州に渡って書籍配給会社などに勤め、戦後、文筆活動を再開、独特の文体で数々の名作を生む。五九(昭和三四)年死去。 主な作品に『妖花イレーネ』『陰獣トリステサ』『青白き裸女群像』『私は前科者である』『ある小説家の思い出』などがある。

橘外男

橘 外男(たちばな そとお、1894年10月10日 - 1959年7月9日)は、日本の小説家。石川県出身。甥に少年画報社の漫画編集者で『ヤングコミック』創刊者の橘賢晋がいる。 == 経歴 == 陸軍歩兵大佐橘七三郎の三男として金沢に生まれ、父の転任に伴い、熊本や高崎で育つ。15、6歳から小説に熱中し、下級生を恐喝して旧制高崎中学校を諭旨退学となるなど、旧制中学を退学になること数度。父に勘当され、札幌で北海道鉄道管理局長を務める叔父に預けられたが、北海道鉄道管理局勤務中、芸妓に迷い、業務上横領罪で実刑判決を受け、21歳の時から札幌監獄で1年ほど服役。その経験を『私は前科者である』、『ある小説家の思い出』に書いている。 27歳で妹の死去に逢い発奮して小説『太陽の沈みゆく時』を刊行。